北日本の湿地で1新種を含む4種のマキバサシガメが異なる草本群落に生息することを確認
2025.09.11
研究
プレスリリース内容
本件のポイント
- 北日本の湿地から形態的特徴で識別できる4種のナガマキバサシガメ類(小昆虫を捕食するカメムシとして知られるマキバサシガメの一群)が確認されました。
- 4種は1新種と3既知種で構成され、たがいに異なる草本群落に生息していました。
- 新種シオナガマキバサシガメは勇払川(北海道)と北上川(東北地方)の河口付近の湿地で得られていますが、北上川では東日本大震災の津波が植生に大きな被害を与えてから確認されていません。
- この成果は2025年9月10日10時に国際学術誌「Journal of Insect Biodiversity」に掲載されました。
本件の概要
背景
マキバサシガメ属(小昆虫を捕食するカメムシの一群)は汎世界に分布し、13亜属を含みます。日本では6亜属10種が記録され、それらのうちハネナガマキバサシガメは稲を加害するウンカ類やヨコバイ類に有効な土着天敵として知られています。他の9種も土着天敵としての有効性が期待されますが、外観が酷似した種が多く非専門家の同定が困難でした。生物的防除に関する研究を容易にするために、同定形質を網羅した日本産種の図説検索の作成が望まれていました。
本属のうちナガマキバサシガメ亜属はユーラシアと北アメリカに計6種が分布し、日本からハイイロナガマキバサシガメ、タイワンナガマキバサシガメ、オオナガマキバサシガメが記録されています。これら3種は湿地でのみ得られ、それぞれ異なる草丈の単子葉草本群落にのみ生息します。よって、同じ湿地に複数種が生息する場合でも、各種が同所的に得られることはありません。ナガマキバサシガメ亜属の系統関係を推定し、分布の歴史的変遷を解明することは、類似の環境に生息する近縁な捕食性昆虫が種分化した要因の理解を促進します。しかし、本亜属には1学名未決定種が国内に存在するので、種分化研究を実施する前段階として分類学的研究が必要でした。この学名未決定種は20世紀末に宮城県に位置する北上川の河口付近の湿地で得られています。残念なことに、既知産地の植生は東日本大震災の津波で大きな被害を受けています。したがって、追加個体の採集と生息状況の確認を目的とした野外調査を分類学的研究と同時に実施すべき状況でした。
内容
相馬 純助教(弘前大学農so米直播命科学部附属白神自然環境研究センター)と山本 亜生学芸員(小樽市総合博物館)は日本に生息するナガマキバサシガメ亜属を調査し、各種の生息環境を確認しました。加えて、研究機関に収蔵または協力者から提供された標本を同定しました。結果として、日本には形態的特徴で識別できる4種のナガマキバサシガメ亜属が生息することが判明しました(図1)。

図1.北日本のナガマキバサシガメ亜属4種:A,ハイイロナガマキバサシガメNabis (Limnonabis) demissus (Kerzhner, 1968);B,シオナガマキバサシガメN. (L.) marihygrophilus Souma & Yamamoto, 2025;C,タイワンナガマキバサシガメN. (L.) sauteri (Poppius, 1915);D,オオナガマキバサシガメN. (L.) ussuriensis (Kerzhner, 1962).Souma & Yamamoto (2025)より転載.
また、同定形質を網羅した日本産種の図説検索を作成しました。4種は1新種と3既知種で構成され、北日本を中心に分布していました。新種のシオナガマキバサシガメNabis (Limnonabis) marihygrophilus Souma & Yamamoto, 2025は和名と学名が河口付近の湿地に生息することに由来します(図2)。

図2.北日本のナガマキバサシガメ亜属4種の生息環境:A,ハイイロナガマキバサシガメ;B,シオナガマキバサシガメ;C,タイワンナガマキバサシガメ;D,オオナガマキバサシガメ.Souma & Yamamoto (2025)より転載.
本種は北上川の河口付近の湿地で20世紀末に採集されていますが、津波が植生に被害を与えた後の2020年代に得られていません。よって、宮城県では姿を消した可能性があります。しかし、北海道に位置する勇払川の河口付近の湿地で2020年代に生息が確認されました(図3)。
3既知種のうちハイイロナガマキバサシガメは北海道と青森県に分布し、低標高の湿地で発見されています。タイワンナガマキバサシガメは日本産ナガマキバサシガメ亜属で例外的に分布域が広く、北日本(北海道と青森県)だけでなく西日本(宮崎県と長崎県の対馬)からも確認されています(図4)。広い分布域に反して産地は局所的で、限られた沿岸部の湿地にのみ生息します。オオナガマキバサシガメは北日本(北海道、青森県、宮城県)と東日本(埼玉県、千葉県)から記録されています。産地の多くが低標高や沿岸部の湿地ですが、他の3種と異なり高標高や内陸部の湿地にも生息しています。
都道府県別の生息種数では北海道で4種、青森県で3種、宮城県で2種、その他の県で1種のナガマキバサシガメ亜属が確認されました。ただし、宮城県で2種が確認された産地はいずれも津波による植生の被害を受けた北上川の河口付近の湿地で、近年の記録がありません。しかし、北海道と青森県では記録が存在する種すべてで2020年代に生息が確認されています。両地域では生息種数が多いだけでなく、各種の産地も複数存在します。さらに、新種のシオナガマキバサシガメも発見された勇払原野湿原群には、日本産ナガマキバサシガメ亜属の4種すべてが生息しています。また、青森県の小川原湖湖沼群にはシオナガマキバサシガメをのぞく3種が分布しています。
日本産ナガマキバサシガメ亜属の生息環境については、ハイイロナガマキバサシガメが草丈0.6-1.2m、タイワンナガマキバサシガメが草丈0.2-0.3m、オオナガマキバサシガメが草丈0.3-0.8mの単子葉草本群落に見られることが先行研究で指摘されていました。本研究でもこれら3種が同様の環境で得られました。新種のシオナガマキバサシガメは生息する草丈が不明ながら河口付近の単子葉草本群落でのみ採集されました。
意義と展望
本研究はマキバサシガメ属のうち、近似の複数種を含むナガマキバサシガメ亜属の同定を簡便化させ、各種の分布域と生息環境を再検討しました。生物的防除に有効な土着天敵を含みうる分類群で同定形質を網羅した図説検索を作成することは、分類学の農学に対する貢献の典型的な例です。加えて、類似の環境に生息する近縁な捕食性昆虫が種分化した要因の検証は、進化生物学的に興味深い研究テーマです。ナガマキバサシガメ亜属4種の分布域と生息環境の解明は、捕食性昆虫の種分化研究に資する基礎的な知見を提供しました。分子系統解析などを含む研究を実施することで、ナガマキバサシガメ亜属が捕食性昆虫の種分化研究の優れた事例となることが見込まれます。
他方で、新種のシオナガマキバサシガメは徹底的な野外調査に反して勇払川の河口付近の湿地でのみ近年の生息が確認されています。生息環境が限定的なことから、開発や災害の影響に脆弱と予想されます。よって、保全に向けた絶滅リスクの評価が必要です。また、日本産ナガマキバサシガメ亜属の4種すべてが生息する勇払原野湿原群は、各種の生息環境の違いを詳細に研究するために重要な地域と考えられます。東北地方でのシオナガマキバサシガメの再発見は、少なくとも宮城県で津波による植生の被害から困難かもしれません。しかし、湿地環境が豊富で本亜属の3既知種が知られる青森県では、今後の調査でシオナガマキバサシガメの発見が期待されます。青森県での本亜属の記録は小川原湖湖沼群と屏風山湖沼群が大部分を占めます。河口付近の湿地での野外調査を重点的に実施することで、シオナガマキバサシガメが見つかるかもしれません。
最後に、タイワンナガマキバサシガメは青森県レッドデータブック(2020年版)で重要希少野生生物に選定されています。本種は1994年から2002年に六ヶ所村の尾駮沼で採集されていますが、近年の記録がありませんでした。本研究で尾駮沼と同じく小川原湖湖沼群に含まれる鷹架沼から発見され、青森県での生息が22年振りに確認されました。小川原湖湖沼群は現在のところ本種の本州における唯一の生息地です。今後も当地の豊かな湿地環境が保たれることを祈ります。
論文情報
【著者】Jun Souma & Aki Yamamoto
【掲載誌】Journal of Insect Biodiversity
【DOI】10.12976/jib/2025.69.1.2
詳細
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お問合せ先
弘前大学農so米直播命科学部附属白神自然環境研究センター 助教 相馬 純
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E-mail:jun.soumahirosaki-u.ac.jp