弘前大学

タマネギの糖質分解に関わる新規酵素遺伝子を同定~タマネギの生産性向上や機能性タマネギの育成への貢献に期待~

2022.06.27

プレスリリース内容

ポイント

  • タマネギで未同定だったフルクタン分解酵素遺伝子を初めて発見。
  • 同定した遺伝子は既知の植物由来フルクタン分解酵素遺伝子とは異なる特徴があることを発見。
  • フルクタン代謝経路に関する学術的知見は有用なタマネギ系統育成への貢献に期待。

概要

北海道大学大学院農学院博士後期課程の奥 聡史 氏(研究当時、現所属:農業?食品産業技術総合研究機構東北農業研究センター)、同大学大学院農学研究院の志村 華子 講師、酪農学園大学農食環境学群食と健康学類の上野 敬司 准教授、弘前大学農so米直播命科学部の前田 智雄 教授らの研究グループは、タマネギで初めてとなるフルクタン分解酵素をコードする遺伝子を見出し、その酵素機能や細胞内局在を明らかにしました。
タマネギはフルクタン※1と呼ばれる炭水化物を食用部位である鱗茎※2に蓄積します。フルクタンの合成に関わる酵素遺伝子は以前から見つかっていましたが、フルクタンの分解に関わる酵素遺伝子は長い間発見されていませんでした。研究グループが行ったフルクタン代謝に関わる遺伝子の探索により、液胞型のインベルターゼ※3にアミノ酸相同性をもつ遺伝子が見つかりました。この遺伝子の翻訳産物を植物や酵母細胞で発現させ、どのような酵素活性を持つのか調べたところ、フルクタンを分解する活性を持つことがわかりました。他の植物で見つかっているフルクタン分解酵素は、細胞壁のインベルターゼと高いアミノ酸相同性を持っていますが、今回タマネギで見つかったフルクタン分解酵素は液胞型のインベルターゼとアミノ酸相同性を示すという珍しい特徴を持っていました。研究グループは、このタマネギのフルクタン分解酵素の細胞内局在についても調べ、この酵素が実際に植物細胞の液胞に局在することも証明しました。フルクタンの代謝に関わる遺伝子の学術的な知見は、タマネギの育種へ活かし、環境ストレスに強く作りやすいタマネギやヒトの健康に役立つフルクタンをたくさん含むタマネギなど、有用なタマネギ系統の育成に貢献することが期待されます。
なお、本研究成果は、2022年5月11日(水)公開の Journal of Experimental Botany誌に掲載されたものです。

既知のものと異なり、発見したタマネギのフルクタン分解酵素は液胞型インベルターゼからの進化が推測され、液胞に局在する様子も観察された。

背景

光合成によって作られるグルコース(ブドウ糖)は貯蔵炭水化物としてデンプンに変換されますが、タマネギなど一部の植物は、貯蔵炭水化物としてフルクタンも作ることができます。フルクタンは、エネルギー源としての役割を持つだけでなく、乾燥や寒さへのストレス耐性などの生理作用にも関わるとされる炭水化物です。フルクタンの合成と分解を担う代謝酵素の働きによって、タマネギでは特徴的なフルクタンが蓄積します(図2)。また、このフルクタンはヒトの消化酵素では分解されず、腸まで到達して腸内細菌に利用される難消化性のオリゴ糖?多糖類であり、ヒトの健康に良い作用があることが知られています。タマネギにとっても、また、それを食べる我々にとっても有用なフルクタンが、タマネギの中でどのような酵素で合成?分解されているのかについては不明な部分が残されていました。本研究では、タマネギのフルクタン代謝の仕組みを明らかにするため、フルクタン分解酵素遺伝子を探索し、その遺伝子及び酵素の特性と細胞内局在を調査しました。

研究手法

タマネギ鱗茎からフルクタン代謝に関与する候補遺伝子 AcpVI1(Allium cepa putative vacuolar invertase 1)を単離しました。この候補遺伝子の組換えタンパク質を酵母(メタノール資化酵母 Pichia pastoris)や植物(タバコ)で発現させ、酵素の諸性質や細胞内局在を解析しました。また、タマネギ鱗茎からフルクタン分解酵素を精製し、その性質を組換えタンパク質のものと比較しました。

研究成果

これまでに様々な植物でフルクタン代謝に関わる酵素遺伝子が見つかっていますが、すべてのフルクタン分解酵素はそのアミノ酸配列が細胞壁型インベルターゼと類似しています。一方、フルクタン合成酵素のアミノ酸配列は液胞型インベルターゼと類似しています。このことから、フルクタンの合成?分解酵素は、液胞型及び細胞壁型のインベルターゼからそれぞれ進化してきたと考えられてきました。我々がタマネギ鱗茎から単離した遺伝子 AcpVI1 について推定アミノ酸配列の相同性?系統樹解析を行 ったところ、この遺伝子は液胞型インベルターゼもしくはフルクタン合成酵素をコードしているのではないかと予想されました(図3)。しかしながら、この AcpVI1 の組換えタンパク質はスクロースの分解やフルクタンの合成活性を示さず、予想に反し、1-ケストースなどのフルクタンを分解する活性を示しました(図1)。また、タマネギ鱗茎から精製したフルクタン分解酵素の性質はAcpVI1組換えタンパク質のものとほとんど同一であり、そのアミノ酸配列の一部はAcpVI1アミノ酸配列と一致していました。タバコBY2細胞を用いて細胞内局在を解析したところ、AcpVI1の翻訳産物は1-SSTなどのフルクタン合成酵素と同じく液胞内に局在しており(図4)、タマネギのフルクタンの合成と分解はどちらも液胞で行われると考えられました。本研究で発見された AcpVI1 遺伝子がコードするタンパク質は、これまで報告されているフルクタン分解酵素とは異なり、液胞型インベルターゼからの進化が推察されるという珍しい特徴を持つものでした。本研究によって、古典的な系統解析だけでは糖代謝に重要な役割を持つインベルターゼファミリーの酵素機能を推測することは不十分であることが示され、インベルターゼの基質特異性の進化やそれに関わる分子メカニズムが何か、新たな学術的興味を提示することができました。

今後への期待

フルクタンはタマネギ鱗茎の肥大とともに増加しますが、タマネギ品種間でフルクタン含有量に差があることが知られています。フルクタン蓄積に関する特性は、耐病性や貯蔵性などタマネギの生産性に重要な要素とも関連します。本研究でタマネギのフルクタン分解酵素とその遺伝子 AcpVI1 の基本的な情報を得ることができました。今後はこの AcpVI1 が生育時や貯蔵時にどのように関与しフルクタン含量の変動を引き起こすのか、品種間での遺伝的な違いや環境の影響などを明らかとしていくことで、タマネギの安定生産やフルクタン高含有タマネギの育成への貢献できるのではないかと考えています。

(図1)タマネギから精製したフルクタン分解酵素と組換えAcpVI1 の基質特異性の比較。酵母で発現させた AcpVI1 組換えタンパク(rAcpVI1_Pic)の基質特異性は、タマネギから精製したフルクタン分解酵素(Native enzyme)と類似し、スクロースを分解せず、1-ケストースを分解した。基質は和名表記があるものについては和名も示した。

(図2) タマネギで想定されるフルクタン代謝経路。タマネギでは、フルクタン合成酵素(1-SST、6G-FFT、 1-FFT)の作用により、イヌリンシリーズおよびイヌリンネオシリーズのフルクタンが合成される。フルクタン分解には 1-FEH、6G&1-FEH のようなフルクタン分解酵素が関わるが、これらをコードする遺伝子はタマネギで見つかっていなかった。

(図3) 単子葉および双子葉植物から単離されたフルクタン代謝酵素(フルクタン合成酵素、フルクタン加水分解酵素)やインベルターゼ(液胞型/細胞壁型インベルターゼ)と本研究で同定された AcpVI1 のアミノ酸配列に基づく系統樹。アミノ酸配列の類似性から、 AcpVI1 は液胞型インベルターゼもしくはフルクタン合成酵素をコードしているのではないかと予想された。

(図4)タマネギのフルクタン合成酵素(Ac1-SST、Ac6G-FFT)および AcpVI1 の細胞内局在。 AcpVI1 は他のフルクタン合成酵素と同様に液胞内に局在することが示された。N;核, V;液胞,スケールバーは 50μm

【用語解説】

※1 フルクタン
スクロース(ショ糖?砂糖)にフルクトースが複数結合した多糖類。10 個程度のフルクトースが結合したものがフルクトオリゴ糖とも呼ばれる。植物によっては、フルクトースの重合度が高いもの(100 個程度)を合成し、例としてイヌリンがある。フルクタンはヒトの消化酵素で分解されず、腸まで到達して腸内細菌に利用される難消化性のオリゴ糖?多糖類であり、ヒトの健康に良い作用を持つ。タマネギ以外に、コムギ、ゴボウ、ヤーコン、アスパラガスなどの植物にも含まれる。

※2 鱗茎
葉鞘基部が肥大したもの。ネギ属野菜(タマネギ、ニンニク、ラッキョウなど)やチューリップの球根でみられる構造の名称。肥大部分にはフルクタンのような多糖類が蓄積する。

※3 インベルターゼ
スクロースを分解し、グルコースとフルクトースを生成する酵素。植物では3種類のインベルターゼが知られており、それぞれ液胞、細胞壁、細胞質に局在する。

謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費(科研費)基盤研究B「タマネギ鱗茎におけるフルクトオリゴ糖の代謝メカニズムの解明」(17H03760)の助成を受けて実施されました。

■ プレスリリースは こちら(1.33MB)