弘前大学

人文社会科学部の上條信彦教授が共著者となって執筆した論文が英国の考古学専門誌 『Antiquity(アンティクィティ)』の「ベン?カーレン賞」 を受賞(日本人初)

2024.06.11

プレスリリース内容

金沢大学古代文明?文化資源学研究所の内山 純蔵 客員教授(筆頭著者)、九州大学アジア埋蔵文化財研究センターの桒畑 光博 学術共同研究者(当時)、鹿児島県南種子町教育委員会の小脇 有希乃 氏、弘前大学人文社会科学部の上條 信彦 教授らの共同研究グループが執筆した論文が、世界の優秀な考古学論文に贈られる「ベン?カーレン賞」を日本人で初めて受賞しました。受賞発表は『Antiquity』最新号(6月11日発行)で行われる予定です。

英国の考古学専門誌『Antiquity』は、1927年に創刊され、世界の考古学会で最も権威ある審査制の学術誌(年6回発行)です。これまで、全世界のさまざまな地域と時代の研究に取り組む多くの考古学者に広く読まれています。その『Antiquity』が毎年選定する「ベン?カーレン賞 (Ben Cullen Prize)」とは、全世界の考古学への“抜きん出た貢献”を認められた優秀な研究論文に対して与えられる賞で栄誉ある賞の一つです。

【受賞論文】(2023年6月掲載)
■ 論文名:Disaster, survival and recovery: the resettlement of Tanegashima Island following the Kikai-Akahoya‘super-eruption’, 7.3ka cal BP
■ 著者名:Junzo Uchiyama, Mitsuhiro Kuwahata, Yukino Kowaki, Nobuhiko Kamijō, Julia Talipova, Kevin Gibbs, Peter D. Jordan & Sven Isaksson

今回受賞の対象となった論文は、北欧の大学と連携した学際研究プログラム「CALDERA」によって、最近3万年間の地球史上で最大の破局噴火(※1)、7300 年前の鬼界アカホヤ噴火が、縄文時代の鹿児島県種子島に及ぼした影響をさまざまな分析方法を用いて実証した論文です。このように超巨大災害の長期的影響を知ることは、今年1月の能登半島地震や急速な地球温暖化に伴う異常気象、パンデミックなど、巨大災害に見舞われるようになった現代社会がどのように生き延び、持続性の高い社会に転換していくべきか、多くを学ぶことができると期待されます。

受賞論文に関する詳細

研究の背景

日本列島は、世界の火山活動の70%を占める環太平洋造山帯上にあり、火山災害や地震が非常に多い地域です(図1)。日本は災害の多い国であるとともに、多くの発掘によって、詳細な考古学データが蓄積されており、災害考古学や過去の環境問題を考える上で他に類を見ない貴重な地域と言われています。

鬼界アカホヤ噴火は7300年前、現在の鹿児島県種子島の西方60kmに位置する三島村の海上で起こった過去3万年の地球史上最大の破局噴火であり、噴火の結果、直径20kmに及ぶ海底カルデラが生まれました。噴火は突如発生し、西日本や朝鮮半島南部など、東アジアの広範囲が火山からの噴出物で覆われ、噴火地点から100kmは高温の火砕流が襲い、被災地では、人?動物?植物などは死滅したとみられます。噴火地点からの距離が離れるほど、火山灰は薄くなりましたが、1300km離れた東北地方まで降り積もったと考えられています。最近の研究では、噴火の規模は噴出物の量からみて、1707年の富士山宝永噴火の約240倍、2022年のトンガ?フンガ-フンガ?ハアパイ噴火の約160倍、西暦79年にポンペイを破壊したヴェスヴィオス火山噴火の約50倍、北半球に冷夏をもたらした1991年のフィリピン?ピナツボ火山の約30倍だったようです(図2)。

日本の考古学では、鬼界アカホヤ噴火は九州や西日本の大部分を壊滅させ、人の住まない荒涼とした土地の回復には何百年もかかったと、長い間考えられてきましたが、被災の実態についてはほとんど分かっていませんでした(図3)。

内山客員教授と共著者を中心とする北欧諸国と日本の国際共同研究グループは、2021年から議論を重ね、災害が人間社会に与えた長期的影響を考古学から明らかにしようとする「災害考古学」を提唱し、活動しています。内山客員教授は、九州大学の桒畑 光博 特別研究者、弘前大学の上條 信彦 教授(いずれも日本考古学)とともに、スウェーデンのルンド大学(北海道大学先住民?文化的多様性研究グローバルステーション教授を兼任)のピーター?ジョーダン教授(考古学?人類学)、ストックホルム大学のスヴェン?イサックソン教授(考古化学)と、北欧?日本共同研究プログラム「CALDERA」を立ち上げ、国際?学際協力で鬼界アカホヤ噴火の影響を明らかにしようと努めてきました。(https://portal.research.lu.se/en/projects/caldera-nordic-japan-research-programme-disaster-studies)。

本研究チームがまず共有したのは、鬼界アカホヤ噴火がどれほど大規模だったとしても、全ての生き物が絶えてしまうといった「単純」な理解でいいのか、という疑問でした。

チームの一員である九州大学の桒畑光博特別研究者(当時アジア埋蔵文化財研究センター学術共同研究者、現?比較社会文化研究院特別研究者)は、長年、九州南部の土器型式の問題に取り組んできました。その結果、ある単一の土器型式が、鬼界アカホヤ噴火の火山灰層の上下どちらからも出土することを明らかにしました。すなわち、土器製作の伝統が、噴火をまたいで世代を超えて受け継がれたのです。少なくともある程度の数の人々が、破局噴火を生き残ったことをはっきり示す証拠でした(桒畑博士はこの業績により2017年度日本考古学協会賞大賞を受賞)。破滅的な災害を超えて、人々は生活を続け、荒れ果てた地に新たな人と人との絆を育み、共同体を作り出したのです。では、どのようにして人々は災害を生き抜いたのでしょうか。私たち災害考古学プログラム「CALDERA」は、この実態の解明に向けて活動を本格化し始めました。今回の受賞論文は、「CALDERA」の最初の成果です。

図1:現代の桜島の噴火(2011年6月、内山純蔵撮影)。九州南部は、世界有数の巨大カルデラが集中し、活発な火山活動でも有名である。桜島は、3万年前に破局噴火を起こした「姶良カルデラ」(現代の鹿児島湾北部)の縁辺部にある火山である。

図2:鬼界カルデラ噴火の位置と火山灰層の分布と厚さ(cm)(受賞論文の Figure 1)。噴火地点に最も近い部分は、火砕流(K-Ky)が襲った。火山灰層は東北南部に及ぶ。火山灰の厚さは 7300 年間の侵食を経た現代のものであり、被災当初はこれを2、3倍上回る厚さだったのではないかと考えられる。

図3:鹿児島県大隅半島の大中原遺跡から検出された鬼界アカホヤ噴火の火山灰層(鹿児島県立埋蔵文化財センター玄関ホールの展示、2022年7月、内山純蔵撮影)。この地点には、森が広がっていたが、まず軽石が降り積った後に高温の火砕流が襲い、森が焼き尽くされて炭化したまま残っている。

図4:土器脂質の同位体分析結果(受賞論文の Figure 9)。左は噴火前、右は噴火後の資料。いずれも淡水?汽水域に多くの資料が集中しているが、噴火前の方がやや広く分布している。より多様な資源が集められ、土器で調理されていたことが分かる。サンプルを採取した土器片の型式同定には、鹿児島県立埋蔵文化財センター所長の中村和美氏、同センター南の縄文調査室の関明恵氏,東和幸氏から多大なるご協力、ご教示を得た。

用語解説

※1:破局噴火
破局噴火とは、火山噴火のうち、莫大なマグマが一気に地上に噴出し、火砕流や火山灰が数十~百万平方キロの単位で地上を覆う壊滅的な噴火形式を表します。日本では数千~1万年前後の間隔で生じ、鬼界アカホヤ噴火はそのもっとも最近のものです。なお、鬼界アカホヤ噴火についての一般的な情報は、ウィキペディアや一般書の情報が古く、年代?規模について誤った報道も散見されるので注意が必要です。噴火規模についての最新の情報は下記を参照ください。この文献によると、従来考えられてきたよりも規模の大きな噴火だったことが判明しています。
Shimizu S. et al. Submarine pyroclastic deposits from 7.3 ka caldera-forming Kikai-Akahoya eruption. Journal of Volcanology and Geothermal Research 448 (2024) 108017.
https://doi.org/10.1016/j.jvolgeores.2024.108017

プレスリリース

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本件に関するお問い合わせ先

弘前大学人文社会科学部 教授 上條 信彦(かみじょう のぶひこ)
E-mail:kamijohirosaki-u.ac.jp